悩みは解決しない。受け入れて生きていく―水野敬也 著『顔ニモマケズ』

書評

おはようございます! ゆうゆう(@yuu_uu_)です。

“トリーチャーコリンズ症候群”や”リンパ管腫”をはじめとする病気により、
顔に症状があらわれてしまう9人の方に取材した1冊をご紹介します。

水野敬也さんの『顔ニモマケズ』

これまでの生き方や病気(またはその症状)に対する向き合い方や、
折り合いの付け方を聞きまとめたものです。

 

 

顔の症状を受け入れて生きる

読んでいて泣きそうでした。
どうして悲しくおもうのか、自分で自分の感情の動きに戸惑いました。

これは、私がこの人たちに対して「可哀想だ」とおもい同情してしまっているのか、
そうだとしたら私は最低だ、と考えながら読み進めました。

皆さん、総じて強いです。
病気やその症状がそうさせたのかもしれない。

その達観した境地に至るまでのあいだに、紆余曲折があったと想像させます。

症状の表れた”顔”に対して、遠慮なくうしろ指を差す類のひとは一定数いたはず

 

ゆうゆう
それなのに、そんなひとたちに対する恨み言は一切ありません。

 

他人を変えることはできない。
他人は変えられない。

それならば、自分の考え方や受け取り方を変えてみる

これほど重さと決意をともなって響く言葉はないですよね。強すぎる。

強く保たずには生きていられないから必然的に強くなったんだ、と知ることができます。

それまでの過程、経緯をおもうと、この人たちが生きていてくれて良かったという気持ちになった。
読みながら泣きたくなったのは、嬉しかったからかもしれないと思いました。

 

 

網膜芽細胞腫という病気

網膜芽細胞腫
という病気があることをはじめて知りました。

 

眼球内に発生する腫瘍で、2~3歳までに発病する場合が多い。出生児の1万5千人にに1人の割合で発症し、症状が進行すると、光が腫瘍に反射して白く光って見えることがある。

 

もうこの文面だけでこわすぎる。眼球に腫瘍ですよ。

そんな漫画みたいな病気があるのか、
人間の体にそんなことが起こり得るのか、って恐ろしくなりますよね。

この病気により左眼を全摘出した泉川一樹さんという方のお話されていたことで、

 

「自分が気にしていることも、周囲の人は違う風に見ていたりしますよね。
自分の自分に対するフォーカスと、他者の自分に対するフォーカスはズレているものだと気づくことで
目のことは気にならなくなっていったんだと思います」

 

というお話をされています。

文中ではサラッと書かれていますけど、これってものすごい事だと思うんですよね。

こんな難しい病気に限らず、たとえば鼻が低いとか目が小さいとか、
容姿で大なり小なり悩みを持っているひとが大多数ではあります。

けれど、本人が気にしていても他人からみたらそうでもなかったりする。

みんな、いい意味で自分にしか興味が無いから、他人の些事にまで気を配っていない。

同列で語っていいものかどうかわかりません。

けれど、病気のせいで片目がない状態でもそれは、
体毛が濃いとか顎が出ているとかそういったコンプレックスと同じ

他人からどう見えるかより自分がどう捉えるかを前提にして生きればいい。

 

ゆうゆう
それは気の遠くなるほどの努力と時間が必要なことだけど。 

 

 

 

悩みは、解決しない

後書きにて、著者の水野さんが触れていること。

難しい病気を持って生まれ、苦しい思いや辛い気持ちを味わいながら這いつくばるようにして生きてきた、その悩みの根源に対して、
みなさんが共通して言っていることがあります。

悩みは解決しない

悩みは悩みとして変わらずそこにあるし、
受け入れることも乗り越えることもない。

ただ向き合い、付随する色々な感情を割り切って、折り合いながら進んでいく
それしかないと。

悩みと付き合いながらこれからも生きていくんだと。

この病気や”見た目問題”に関しては私は知識もないし、
そういったひとたちと面と向かって会話をしたこともない。

けれどこうやって、お互いをひとりの人間として、

「私の悩みはこうです」
「そうですか、私はこうなんです」

と語り合いながら、
存在を認め合いながら生活していく世の中は、居心地良いものになるとおもいました。