イヤミス最高傑作!真梨幸子 著『殺人鬼フジコの衝動』

書評

子どもにとって、親は神様。
子どもにとって、神様は親。

善悪の基準だったり、
「あれやりたい」「これやりたい」という欲望の方向性なんかも、
親の意見や態度、会話の言葉の端々から影響を受けるもの。

真梨幸子さんの『殺人鬼フジコの衝動』を読みました。

イヤミス最高傑作! いわゆる『毒親もの』

心から尊敬できる両親のもとに生まれることができれば良かったのに。

本作の主人公「フジコ」の言動や行動を追っていくなかで、切実に思ったことです。

どうする?
このまま惰性で成長しても、人生、高が知れている。
せいぜい、両親の二の舞だ。下手すれば、犯罪者だ。

彼女は親からの支配にとらわれてしまっただけ。

「認めてほしい」
「愛してほしい」

そんなことよりも、自分の存在を「そこにいるもの」として、頭の片隅にでもいいから置いてほしい。
そんな欲望が彼女をとらえた。支配も独占も必然だった。

親は、神様だから。

どんなに背伸びしても夢見ても、人の運命なんて、生まれたときにたいがいは決まっている。
こんな両親のもとに生まれて、こんな家に生まれて、
こんな器量に生まれて。

血の描写がにがてなひとは要注意

真梨幸子さんの作品は初読だったんですけれど、
タイトル通り血なまぐさい文章の羅列がつづくので気分がわるくなる人もいるとおもいます。

本当に人をころしたことがあるんじゃないかと思うほど描写がリアルで、
文字から血の匂いがしてくる。

けれど、イヤミス好きにはたまらない1冊です。
確実にたのしめるはずなので(イヤミス好きはなんといっても後味のわるさが大好物)、
ぜひとも手にとってみてください。

酒に溺れる父親、見栄っ張りで金遣いの荒い母親に育てられた「フジコ」。

教室で飼っていたカナリヤをころしてしまった“容疑”をかけられ、
証拠隠滅しようとそのからだを羽の先まで切り刻みゴミ箱に棄てたあたりから彼女の人生は狂いだす。

ばれなきゃ悪いことにはならない、ぜんぶぜんぶ棄ててしまえばいい。

それを口癖に、「フジコ」という人間にとって足りない部分を、
まるでパッチワークで補うみたいにして、
取りつくろうようにひとの死を塗り重ねていった。

認められなかった彼女は「承認欲の化け物」になった。
たったひとりで。

転げ落ちる彼女の顛末にともなって明るみになる、ほんとうのこと。

「フジコ」がひとりにならない結末をいまでも夢想しています。