たまには詩集でも読んで、ゆっくり過ごしませんか?

書評

こんにちは! ゆうゆうです。

読書はもっぱらビジネス書か自己啓発書がおおい私。
気が向いたときにこころの栄養としてエッセイや小説、詩集をひらくこともあります。

すきなのは最果タヒと木下龍也です。

今回は、木下龍也の『つむじ風、ここにあります』をご紹介!
わたほんでも紹介しました↓

 

お気に入りの詩をちらみせ

これは完全に持論ですが、
詩集に関してあれこれいうのは風流じゃない気がします。

なので、上記のわたほん書評では上げていないお気に入りの詩をちらみせ!

ピンときたらぜひとも手にとってめくってみてください。

 

「花束を抱えて乗ってきた人のためにみんなでつくる空間」

電車やエレベーター内に、“おめでたい証”を持って入場してくるひとの情景がこの一行で浮かんでくる。
想像させる文章、景色を想起させる言葉。

言語の可能性を、ぱんぱんにふくらんだ破裂寸前の風船みたいに高められるひと

覚えたての言葉をつかってだれよりも先鋭的な遊びをする子ども。

 

「飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば」

自殺の手法がかわるだけで、人間の絶望はかわらずそこにありつづける。

自殺をするのは人間だけなのだろうか。
わたしたち人類がしらないだけで、他生物の世界線でもきっと繰りひろげられているんじゃない?

鳥の自殺もきっとあるんだよ。

 

「B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る」

よく駅の改札口でみる
「A型が足りません!」「B型が足りません!」「ご協力を!」
という献血センターの看板。

わたしがO型だから思うのかもしれないけれど、
あれやたらとO型不足率がたかいようにおもうの気のせいでしょうか?
見かけるたびに「O型足りないよ」って書いてある気がするのよね。

わたしは献血がすきで、こういうことを書くと奇特な人間かもしれませんが注射がきらいじゃないんですね
針を肌に刺される瞬間とかこわいもの見たさでどうしても見てしまうんです。

だから、献血センターもよくいく。協力したくていく。

けれど大体、5回に1回くらいの割合でしか血を採ってもらえない。
ヘモグロビン値が足りなくてあぶないからって帰されてしまう。

貧血なんだろうか? 普段はそんな感覚ないんですけれど。

わたしも、献血センターのひとたちにとっては、O型の血液のいれもの

 

詩集のすすめ

詩集、ときくとなんだか文学的というか、
ハードルがたかいイメージがあるかもしれません。

最果タヒ、そして木下龍也は現代の詩人として注目されているおふたりなので、
ぜひとも入門として手にとってみてください。

読んだらほかの詩集も読みたくなってしまったので、これは、
この詩集をアマゾン経由で贈ってくれた先輩の陰謀なのだなあ、とおもいました。

どんどん巧みな言葉の使い手が世界に現れて、
インターネットのおかげでそういった逸材に出あえるスピードもめまぐるしく上がっていってますね。

彼とわたしは1歳しか歳が違わないのだ。恐ろしいことだなあとおもう。