ツイッター疲れの向こう側

ゆうゆうのこと

※こちらの文章は、天狼院ライティングゼミに提出した課題です。
合格すればWeb天狼院に掲載されるのですが、没になってしまったため供養も兼ねてこちらに掲載します!

 

 

「SNS疲れ」という言葉を、あなたも聞いたことがあるのではないでしょうか?

何気なくおもったことを投稿しただけなのに、いわれもない批判がとんでくる。
これぞという情報をつぶやいたのに反応がまったくない、
先輩や上司の投稿には問答無用でいいね! を押さなければならない……。

本来なら各々がそれぞれの裁量でたのしくつかえるはずにSNS。
いつのまにか構築されてしまって暗黙のルールに、疲れてしまっている方も多いでしょう。

あらゆるSNSのなかでも、わたしがとくに力をいれて運用しているのがツイッターです。
現在のフォロワーは500人ほど、コツコツと有益な情報をつぶやいてここまで育ててきました。

フォロワーがまだ数人単位のころには想像もしなかったような反応が、時たまあります。
SNS疲れなんて無縁だとおもっていたわたし。

毎日たのしくつぶやいてきただけなのに、いつしか、もっと頑張らなきゃ……
とまるで仕事をするように考えてしまっていました

SNS疲れ、もとい、「ツイッター疲れ」の向こう側。
あなたは、疲れてしまっていませんか?

ツイッターの闇

わたしがいわゆる“ツイッターの闇”を垣間見たのは、つい先日。

読書が趣味で、おすすめの本についてつぶやくことが多いわたしは、
その日も読み終えたばかりの本について必読ポイントを発信していました。

そんなつぶやきのひとつに、とある反応が。

無骨なサングラスをした強面の男性がひたすらに
『NOT THANK YOU』と繰り返しているGIF画像のみが、ポンとリプライで送られてきたのです。

NOT THANK YOU……。

わたしは英語につよくはありません。ただ、この単語の意味はなんとなくですが、汲みとれます。
これは、そんなもん間に合っている、という意味では?

このリプライについて、わたしは延々と考えこみました。
これほどまでに不可解な反応をもらったことはなかったからです。

しかも、ほかに何のコメントや添記もなく、ただGIF画像単体で送られているのも気味がわるい。

結局、該当ツイートは消されてしまい、真意はわからずじまい。

「おまえの書評ツイートなんて要らん!」というメッセージをカジュアルに伝えたかったのでしょうか。
気になって一晩だけ寝つきが悪かったのをおぼえています。

このGIF画像事件があってからも、めげずに投稿をつづけていたわたし。
何度か理解不能な反応をもらうことはありました。

学んだことは、こういったリプライについて、あまり深く考えても意味はないのだということ

発信者はとくに意図があって送っているわけではないので、ただただ、こちらが不快な思いをさせられるだけです。
安全な場所から小石を投げつけてくるだけのチンパンジーみたいなもの。

いや、チンパンジーにも失礼だとおもえるくらいの、なんの思慮も配慮もないひとたちの暇つぶし
向こうがただの暇つぶしでやっていることなら、心のスペースを割くだけ無駄なのです。

ツイッター疲れを乗り越えた先にあるもの

ツイッター界隈には、さらに悪質な嫌がらせもあると聞きます。
フォロワーが数万~数十万単位のアカウントのもとには、
毎日のように誹謗中傷が届いているのかもしれません。

そんな欠片をちらりとも見せずに発信活動を続けている彼らには、
あらためて尊敬の念を禁じ得ない思いです。

きっと、彼らはただひたすらに、初期の頃から応援してくれているフォロワーだけを意識して、
楽しくなるようなツイートや情報発信を心がけていた。

そこには華々しい顛末などはなく、
一段ずつ実直に階段を踏みしめていく誠実な努力しかなかったのだと思います。

どれだけ石を投げられても非難されてもめげずに折れずに、淡々と継続してきた。
気づいたら高みにいて、底辺から投げあげられるだけの礫は届かない位置にいた。

ツイッター疲れを乗り越えて、気づいたらその向こう側にいたのでしょう。

はじめて不可解なリプライが飛んできたとき、わたしの心に浮かんだものは、
「なぜ?」という疑問と、それから少量の怒り。

そして、最後にはふかい悲しみが澱のようにのこりました。

友達でも知人でもない、顔も背景もなにもしらないのに、
匿名という皮をかぶって尖った言葉を投げつけてくる人たち。

そんな人たちが存在するのだということをしらずにおきたかった。

けれど、わたしにはどうしても伝えたいことがあります。

日常生活につかれたときは、すこしお休みをとって1泊2日だけ旅をするのでも、
じゅうぶんリラックスできるのだということ。

1ページ本をめくるだけで異世界に飛びこめるということ。

24時間ストレスフリーに生きることは、ほんのちょっと行動力を磨くだけで実現するということ。

どうしても伝えたい大切なことを、これからも伝えつづけていくために、
どんなにツイッターに疲れたとしても、高みを目指します。

ツイッター疲れの向こう側へ。